OMOSHIROMEDIA.com

ちょっとした気になることをあなたへ

堀井雄二の年収や収入・資産は?結婚の経歴や家族・妻子供についても

   

801

大人気ロールプレイングゲーム・ドラゴンクエスト30周年を記念したドキュメンタリー特別番組が12月29日(木)に「ドラゴンクエスト30th そして新たな伝説へ」としてNHKにて放送されますね。(22時00分~22時48分)

ナレーションを務めるのは超が付くほどドラクエファンだという俳優の山田孝之さん

山田さん特有の通る声でのナレーションと、最新作の開発現場にも潜入するとのことで、これは見逃せない回になりそうです。

番組予告では

  • 日本のゲームの歴史を作り続けてきた「ドラゴンクエスト」
  • 堀井雄二の作るストーリー・鳥山明が描くキャラクター・すぎやまこういちによる壮大な音楽が結集したロールプレイングゲーム
  • シリーズ最新作開発中・その舞台裏に潜入
  • 30年ぶりに明かされるドラクエ誕生秘話・爆発的ヒット作が生まれるまでのドラマとは?
  • 山田孝之が堀井雄二を直撃・ドラクエファンからの質問に堀井の反応は?

とされています。

鳥山明さんや、すぎやまこういちさんは知っている人も多いかと思いますが、ストーリーを作成した堀井雄二さんについてはさほど聞いたことがないと思う人も多いのではないでしょうか。

彼もドラクエを構成するうえでかかせない存在だということで今回は堀井雄二さんについて色々調査してみました♪

Sponsored Links

堀井雄二 Wiki風プロフィール

800

  • 名前:堀井 雄二(ほりい ゆうじ)
  • 愛称:ゆうてい(ゆう帝)
  • 生年月日:1954年1月6日
  • 現年齢:62歳
  • 血液型:A型
  • 出身地:兵庫県洲本市
  • 職業:ゲームデザイナー、作家、アーマープロジェクト代表取締役
  • 出身高校:兵庫県立洲本高等学校
  • 最終学歴:早稲田大学第一文学部卒業
  • 代表作:ドラゴンクエストシリーズ

上述した通り、ドラゴンクエストといえばおなじみのテーマ曲やドラゴンボール作者の鳥山明大先生のキャラクターを思い浮かべますが、実はドラゴンクエストシリーズの生みの親であるのはゲームデザイナーの堀井雄二さんだったのです。

以下に堀井さんのこれまでの経歴を簡単にご紹介いたします。

  • 実家は淡路島で堀井ガラス店というガラス屋を営んでいる
  • 幼少時は弁護士志望だったが、中学時代に漫画家志望に転換
  • 高校時代は漫研に所属するも水泳部、ブラスバンド部(サックス担当)、生物部、茶道部を掛け持ちしていた

そして高校時代に漫画家への憧れが強くなりマジンガーZやキューティーハニーの作者として知られる漫画家の永井豪さんの所にアシスタント入りをお願いしに行きます。

しかしアシスタントを断られてしまい「とりあえず大学にでも行くか」という気持ちになり大学受験。

合格したのは名門早稲田大学です。

とりあえずといいながら頭の良い大学へ入学できるのは凄いことですね。

早稲田大学時代には漫画研究会(漫研)に所属

この早稲田大学漫研は多くの有名人が在籍していたこととして有名です。

  • 岡村天斎(アニメーション監督、『DARKER THAN BLACK -黒の契約者-』)
  • さそうあきら(漫画家、『トトの世界』、『おくりびと』)
  • 弘兼憲史(漫画家、『島耕作』)
  • やくみつる
  • 安倍夜郎(漫画家、『深夜食堂』)
  • けらえいこ(漫画家、『あたしンち』)
  • 園山俊二(漫画家、『ギャートルズ』)
  • 福地泡介 (漫画家、『ドーモ君』)
  • 土居孝幸(イラストレーター、『桃太郎電鉄』シリーズ)

堀井雄二さんは早大漫研時代の1974年に「KKベストセラーズ」という出版社から「早稲田の漫研の事を書いてほしい」という依頼を受け、漫研仲間(えびなみつるや柳澤健二)らとともに2冊の書籍を執筆。

これをきっかけにフリーライターとして活動を始めます。

その後もテレビ朝日の「いたずらカメラだ!大成功」という番組でアイデアやギャグを考えたりする仕事もしていたとのことでいわゆる放送作家的な才能を発揮していました。

しかし、1976年にバイク事故にあい内臓破裂の重傷を負います。

3ヶ月の入院後、帰郷し療養生活を送ることになり半年間休学した後、1978年に早稲田大学を卒業。

大学卒業後はフリーライターとして活動を再開し生計を立てていました。

ライター活動をするうえで出会ったのが「パソコン」。

堀井さんはパソコンゲームにはまり、ついには自作してしまうほどにのめりこんでいったとのことです。

またこの頃、「週刊少年ジャンプ」の編集者鳥嶋和彦と知り合いゲーム仲間になり、毎晩遊びまわっていたといいます。

(羨ましいですね)

1982年、エニックスの「第1回ゲーム・ホビープログラムコンテスト」に自作のゲームを応募し「入選プログラム賞」を受賞。

これが契機になり本格的にゲーム制作を開始。

1986年、ロールプレイングゲームの「ドラゴンクエスト」を発表。

以来、ドラクエは国民的人気ゲームへと急成長し、手がけたゲーム作品の累計出荷本数は6400万本以上といわれています。

2010年9月に「東京ゲームショウ2010」での「日本ゲーム大賞」で大賞の「経済産業大臣賞」を受賞しました。

流石還暦を迎えているだけあります!長い!(笑)

Sponsored Links

堀井雄二の年収や収入・資産は?

堀井さんの気になる収入や年収・資産はどれくらいなのでしょうか?

大学卒業後のフリーライター時代は月収50~100万円は稼いでいたようです。

更にこちらの2000年の長者番付データでは推定所得2億8000万円が年収とされています。

すごすぎます(笑)

億単位で稼いでいる方は金銭感覚はどうなっているんでしょうか。

きっと2016年現在でも億単位で稼いでいるに違いないでしょう。

結婚や家族・妻・子供は?

最後に堀井雄二さんの結婚情報ですが調べてみたところ公式に公開されている情報がありませんでした。

年齢的には結婚して子供もいて早い人であれば孫がいてもおかしくない年齢です。

しかしこちらの記事によると以下のように明記されています。

堀井は、このころ結婚し、26歳にして都内に一戸建てを購入した。家を借りるのにさえ苦労しているフリーライターが多い中で、ライターとしての稼ぎだけで家を建ててしまった堀井雄二は本当に稀有な例だろう。

というわけで、結婚はされているんじゃないかと思われます。

お子さんに関してはわかりませんが、父親がドラクエ作者というのは自慢の父親であることは間違いないでしょう。


 

いかがでしたでしょうか?

当記事ではドラクエ生みの親である堀井雄二さんについて簡単にご紹介致しました。

30周年を迎えたドラクエですが、これからも35周年、40周年・・と長く人々に愛されるゲームであってほしいと思います。

新シリーズが出るたびに現れるかわいい新モンスターもわくわくしますね!

今回のNHKの放送ではシリーズ最新作についても少しだけ情報が公開されるようなので楽しみですね♪

Sponsored Links

 - 著名人, 話題